名古屋の元女子大生の「観察目的」殺人・殺人未遂事件に関して! 裁判員裁判だが確かな妥当な判決が出たと思う!



元女子大生 判決

オシマサの広場へ、ようこそ!

今日は裁判の判決があった。
例の名古屋の元女子大学生が観察目的で人殺し
を楽しんだ!という事件のものだ。

「楽しんだ!」という表現はいささか過激かも
しれないが、だがそうであろう。

研究目的か。
好奇心を満足させるためか。
観察目的か。

【異常な発言】
「人が死ぬ過程を見たかった」
「生物学的なヒトなら誰でもよかった」

どれに的を絞って人を殺したのか知らない!
しかし、自己の満足感を確保するために人を殺
したのであろう。

それは「楽しんだ!」という表現があってもだ。
行き過ぎでもなかろう。
と、あえて俺自身が思うことを俺自身で肯定し
てから話を進めるとだ。

判決は検察の求刑どおり無期懲役を言い渡した
とある。

検察の求めはこうある。
『更生の可能性は極めて乏しく
生涯にわたる償いが必要だ』

司法とは縁もゆかりもなく、知識も持ち合わせ
ない俺だが、通常にこの人間社会を生きている
一人としてこの判決は極めて妥当と思う。

もし、今回重い精神障害を理由にしてだ。
よく言われる「責任能力はなかった」から無罪
を引き出す結果が出たら、今以上に何かあれば
「殺し」で済ますようなことが横行すると思う。

そして、死んだ者は口を開くことができない。
生きている加害者のことばかり考えるのは公平
ではなかろう。

事件の中身も俺は冒頭から「殺しを楽しんだ!」
ような表現を用いたが実際そのように思われる
内容と思う。

ここに表すは報道メディアからのもの。
被告の名古屋の元女子大生が19歳までに行った
罪のうちわけだ。


1

平成24年5-7月のできごと。
同級生(2人)に薬物タリウムを飲ませた。
殺人未遂。



2

平成26年12月のできごと。
77歳の女性を殺害。



3

同じく平成26年12月のできごと。
仙台のアパートを放火。
3人の殺人未遂だ。


これだけのことをしでかしてもだ。
その場で打ち首獄門とならず!
まあ、江戸時代ではない。
それは言い過ぎだが、弁護士は無罪を求めた
とある。

どうかしとる?としか俺には思えない。
人を殺しても無罪?
それはいったいどういう感覚なんだ。
何でもやったもん勝ちなのか!
と、つい俺は思ってしまうのだ。

そこで弁護側が無罪を求めた理由を見ると。
このようにある。


善悪判断できない

発達障害にそう状態が加わり、善悪の判断が機
能停止し行動が制御できなかった。


この理由自体、社会生活の適応性ゼロであろう。
弁護側自体が被告を通常社会に置くことまかり
ならぬ!
と言っているのと同じではないか。

つまり刑務所に入れておく方がよい!と理解し
ていると思われるのだが。
本音のところはいかがなのか?

次に無罪どころか公訴棄却を求めていたともあ
るのだ。



公訴棄却要求

検察官送致(逆送)にした家裁決定は少年法の
理念を無視しており違法。


こうなってくるとだ。
何でもありか。
確かに弁護士は依頼者の利益を追求することは
わかる。
そして、法の運用者であることもわかる。

だが、この部分はあまりにも強引に見えるのだ。
殺人と殺人未遂だ。
ここに大人も子供も関係あるのか。
と俺は口を挟みたくなる。

だが、俺がウニャウニャ言おうが言うまいが
名古屋地裁は然るべき判断を下したようだ。

よかったと思う。
求刑どおりの無期懲役だ。

だが、今回の判決は裁判員裁判での判決だ。
被告側、いわゆる弁護側が控訴すると次は高裁
になると思うが、その時に判決内容にブレが起
こるかもしれない。

そうならないように世の中の人々はこれ忘れず
常に世論で追いかけなければならないと思う。

ちなみに裁判員裁判の判決理由はこのようだ。
趣旨と思われるものを並べる。



1

一連の事件でほぼ合理的な行動が見られる。



2

自己の意思で犯行に踏み切っていたと思われる。



3

「完全責任能力があった」と認める。



4

劇物投与では「中毒で死亡する可能性を認識し
ている。」
さらに「弱いながら殺意が認められる」として
いる。

ともかく、今回の判決が街を安心して歩ける。
人間社会を安心して過ごすことができる。
そうした方向性を持ったものであること。
それは間違いなかろう。

俺は歓迎する。

俺、オシマサ、僭越ながら斯く思う。

(再見)

元女子大生 判決


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