宮城県大崎市のミサイル着弾の誤報! 小学校女性教師の児童へのミサイル落下の発言は注意対象になるのか?



大崎市 注意

オシマサの広場へ、ようこそ!

今回は「おかしくないかい?」と思ったことだ。
報道から流れた宮城県大崎市のできごとから。
(河北新報から)

どうも、ここで北朝鮮が発射した弾道ミサイルが
着弾する想定で。
防災行政無線の誤まった放送が流れたらしい。

確かに誤った放送が流れることは不安感を必要以
上に持たせることになる!
ゆえに気を付けるべきことと思う。
だが、責めることでもないだろう。

今、皆、未曽有の危機に直面しているのだ。
日頃考えたこともないことに向き合い、最善を尽
くそうとしているのだ。
それにあたる者を誰が批判などできようか。

抗議したともあるが、逆に委縮して警報に関する
放送が流せなかったらどうするのだ。
仮にそうなっても、抗議する人はいないから。
では、洒落にもなるまい!

というのが俺の基本的な思い。

そこで、大崎市の誤報にもどるが、それを聞いた
アトで小学校の教師が授業中に「ミサイルが落ち
てきた時に後悔しないよう、勉強頑張ろう」との
趣旨発言があったことから。

小学校の校長は教師を注意したとある。

その理由は明確にされていないが、報道の内容を
見る限り。
児童、つまり小学生に不安を感じさせたこと。
それがいけなかったようだ。

しかし、それが理由で校長が教師を注意か!
何かおかしくないだろうか。

今は不安に感じる時であろう。
北朝鮮が弾道ミサイルを日本に到達させるだけの
能力を持っている。
しかも、いざとなれば日本に向けて発射攻撃する
意志も持っていると見られるのだ。

そのことは小学生であろうと、誰であろうと。
知らない人がいるならば教えてあげるのが、筋で
あろう。

不安に感じさせたからダメというのであれば。

「北朝鮮は危険な国だけど」
「日本には弾道ミサイルを発射しないから」
「大丈夫だよ!」
「米国とだけやり合うのだよ!」
・・とでも言えば、よいのだろうか。

いや、違うだろう。
不安感を与えたからダメというのはおかしいのだ。

なぜならば今は不安な状況なのだ。
大事なことは不安な時の最善行動は何かであろう。
それを導くことが必要ではないか。

ちなみに教師はこのような言葉も持ったとある。
「ミサイルが落ちてきた時に勉強しなかったとい
う気持ちで落とされるのと、勉強してよかったと
いう気持ちでいるのとどっちがいい」

「ミサイルが落ちたら死んでしまうかもしれない。
早く逃げる練習をしたい」

これらの言葉を見ると、何も危ないことが起きな
い時であれば違和感が生じるかもしれない。
だが、今は危険な状態なのだ。
その中で懸命に生きましょう!過ごしましょう!
と言っているだけではないのか。

むしろ、ここで「大丈夫よ」「安心だよ」と語る
方が無責任であろうし、ものごとを教える立場の
人としては如何なものか。
と俺は考える。

この教師、女性とある。
性別云々はともかくも日頃から問題意識のある人
であろう。

こういう教師がいざとなった時、児童を救う側に
なるのではないか。

少なくとも現状を認識し問題点をつかんでいる!
と思う。

とにかく、今回の報道を見て。
ただ不安の思いを持たせなければよし!と風潮が
あるならば、それは間違いであろう。

単に嫌なものは見ない!
なかったことにしよう!
としているだけであろう。

そして、その先は人々にむしろ黙って死んで行け!
と言っているようにも映るのだ。
意図するしないにかかわらず。

この危急存亡の時だからこそ。
声を上げたこの女性教師はまっとうな人物。
と捉える。

俺、オシマサ、僭越ながら斯く思う。

(再見)

大崎市 注意


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