【東京法務局】の日本第一党党首「桜井誠」氏と「民団」への決定に関して思う!



オシマサの広場へ、ようこそ!

1月9日、いろいろと印象深い記事が目に飛び
込んでくる。

千葉麗子氏の書籍サイン会の中止等々あるが
これも社会に大きなインパクトを与えるもの
であろう。

東京法務局が下した決定のこと。

話の節
1 東京法務局が下したとされる判断
2 日本人ならどう捉える?

東京法務局が下したとされる判断

2つある。

1つは桜井誠氏の訴えのもの。
もう1つは民団の訴えのもの。

民団 : 在日本大韓民国民団

順を追うと追うとこうなるようだ。

1つ目は日本第一党の党首である桜井誠氏へ
向けた、民団の「民団新聞」掲載記事に
対するもの。

報道を見ると対象となった記事の部位はこれ。

(桜井誠氏に対し)

 打撃を与えずにはおけない
 決意を固めている

まるで桜井誠氏の殺害をほのめかすような
ものに見える。

これを見る限り桜井誠氏の怒りはもっとも
であり、これを同氏に対する挑発・挑戦的
行為と捉えてもおかしくはないと思う。


結果、同局の判断はこれだ。

 人権侵犯の事実がある
 とまで判断はできない

つまり、東京法務局は民団記事が桜井誠氏へ
何らかの悪影響を与えるものではないと見た
ということであろう。

そして、もう1つはこちらだ。

当時は東京都知事選立候補者の桜井誠氏が
民団の中央本部前で行った演説に対するもの。

こちらも同様にその部位はこうだ。

(悪さをするなら)

 民団の人間は
 さっさと日本から
 出て行けって
 言ってるんだよ

物言いの激しさはあるようだがその言わん
とするところは至極まっとうに思える。

なぜなら、韓国、韓国人の非道は目に余る
ものがあると見なせるからだ。

例えば、これらだ。

 竹島の占拠
 竹島周辺の軍事演習
 仏像の窃取
 慰安婦像の設置
 合意の不遵守

他にも多々ある。

これらは同氏の東京都知事選挙時の演説にも
表れていた。

それらを鑑みての民団に対する言葉であったの
であろう。

これに対して東京法務局の判断はこれだ。

 人権侵害
 とまで判断はできない

結局、通じて見ると双方痛み分けというか
どちらも「問題なし」という判断決定あった
ように見える。

日本人ならどう捉える?

だが、本当にこれでよかったのだろうか。

あくまでも俺の主観の範疇ではある。
そして、日本人だからという視点も当然ある。

が、桜井誠氏の主張は間違っているのか?

俺はそうは思わない。

今までの韓国側の日本への仕打ちを見れば
大方の心ある日本人であれば韓国側に問題が
あると捉えると思う。

 盗まない!
 盗んだものを返す!
 約束したことは守る!
他にもあるが真っ先に頭に浮かぶものだ。

そんなレベルのことは小学校あるいはそれ
以前から日本では教えていることではないか。

繰り返すようだが、桜井誠氏の言葉の中身は
それほど難解なことを意味していないのだ。

日本人が小学校レベルで学ぶ基本的なことを
訴えているだけだ。

だから、それを守れないならそれが許される
お国に行ってください!

それだけのことと思う。

なぜ、東京法務局はそのことを理解しない?
不思議に思える。

また、民団が言う。
桜井誠氏に対するもの。

 打撃を与えずにはおけない
 決意を固めている

これを人権侵犯の事実と判断できない?
となると今後も同様な表現を民団は使用する
のではないか。

このあたりはどう考える?

これが当たり前になると社会の警戒心が緩む
ことにならないだろうか。

結果、殺傷に結び付きやすくなるようにも
思えるのだが考えすぎか。

とにかくも、今回の判断・決定は何がしかの
影響を与えるように思えるのだ。

他人事ではなく日本国内の変事として捉える
べきであろう。

それにしても、東京法務局は在日韓国人社会
あるいは韓国に遠慮しているように見える。

何か怖れているものがあるのだろうか。

在日韓国人に都合が悪く見える判断をした場合
韓国本国のような「国民の勝利」を御旗にした
デモに襲われると考えているのか?


ところで、この東京法務局の決定事項に
関連するものとは異なるが、俺はかつて
韓国が大好きであった時代がある。

そのためか韓国を旅したこともあり、また
あえて民団の門をたたき在日韓国人とともに
彼らの言うウリマル(韓国語)を学んだ
こともある。

民団の語学教室
「学院」と呼んでいたように覚える。

しかし、時間が経つにつれ彼らと関わること。
それが嫌になってくるのだ。

その状況をこと細やかに表すと長くなるので
それは避ける。

が、簡単に言えば高慢であり傲慢なのだ。

謝ることをまずしない。

不遜な態度なのだ。

とても日本人と話の合う人種・民族とは
思えない。

それをわが身で感じているせいか桜井誠氏の
言葉はよくわかる。

我々日本人は言葉の言い方の良し悪しで判断
することが多々あるが、しかしその中身と
背景もよく考慮すべきと思う。

今回の東京法務局の決定に関する記事を見て

俺、オシマサ、僭越ながら斯く思う。

(再見)


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