百田尚樹氏の『日本国紀』をなぜ叩く必要があるのか? 日本の歴史を学ぶことは悪くない!






オシマサ です。


今回は売れる本を妬む行為なのか?

と思われるほど。


百田尚樹氏の『日本国紀』が

一部の方々に叩かれている現状から思うこと。


ザクッといえば

百田尚樹氏の『日本国紀』をなぜ叩く必要があるのか? 日本の歴史を学ぶことは悪くない!

でしょう。


一部の方々が叩く理由の一つに

根拠が乏しいため、つまり文献がないから

ダメとか


百田尚樹氏が右翼に見えるから、右寄りだから

ダメとか


単に肌が合わない、いけ好かないから

ダメとか


いずれもまともな理由とは思われないもので

『日本国紀』はよろしくない!

と言っているとしか聞こえないのです。

拙が捉える反発者が出る背景・理由
基本、拙が見て思うに『日本国紀』は各章において、本文とコラムの構成で成り立っています。本文は過去目に入れた日本史、あるいは世界史の内容を中心に肉付けされたと見られ、コラムは百田尚樹流とも言える斬新な切り口で言葉を紡いでいます。特に後者は、日本人として真に知るべき日本の歴史が記されていると言えるかもしれません。ただ、それは同時に、今の日本に存在する一部の人々にとって、できれば表に出て欲しくない内容であるとも考えられます。たとえば、『第12章敗戦と占領』のコラムP415とP416の内容は都合が悪いと考える方々もいるのではないでしょうか。それゆえ、反発者を誘うのかと。とはいえ、これは歴史をテーマにしたもの、事実であれば、日本人はそれを知る必要はあると思うのです。同時に、それと過去がこうだから、今はこうあるべき云々の話は別問題と捉えれば、よいと思うのですが、いかに。

たとえば、はじめに挙げた例において

仮に文献が乏しいとしても

小説家の百田尚樹氏が著したものです。


淡々と、百田尚樹流の日本の歴史と捉えれば

よいのではないでしょうか。


ましてや、ほかの理由など

マトモに相手にできるものではないでしょう。


最近、ツイッターを見ると

国会議員の有田芳生氏が

百田尚樹氏を是が非でも貶めんとする書き込みも

目に入りますが


あそこまで叩く!と言いましょうか

攻撃しなくてはならないのでしょうか?


異常ですよね。


それほど、腹立たしいのであれば

自らが歴史書を著したらよいのです。


それでもって、百田尚樹氏の『日本国紀』に挑めば

よいのです。


よいか悪いか

・・それは読者が決めてくれるでしょう。


ともかくも、相手に非がなく、考え方が違うだけで

叩き潰す方向性を持った中傷行為はよろしくない

と思うばかり。


オシマサ、僭越ながら斯く思うのです。

(再見)




追記 参考

こういう話題もあります。




拙はツイッター内容に同感です。


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