『核攻撃サバイバー2』を見て、聞いての続き! 『あべりょう』さん逆説的に迫るか? とにかく多才に映る!



『核攻撃サバイバー2』を見て

今回は以前『ハグレ』で触れた『核攻撃サバイバー2』の続きを語る。

正直言えば、先回まであまり好印象を持った表現を持てなかった。

そこで、まず「今は違う」と言っておこう。
誰に宣言しているのだと言われそうだが。
ともかく、まあ、そういうこと。


サバイバー あべりょう


とは言いつつも、少々言い訳がましく言葉を連ねると。
先回も触れているが、北朝鮮に屈服するような感じがあった。
加えて、それを勧めているようにも聞こえたからか。

突っ込めば、この人物は何人であろうか・・と?

だが、その後、他の楽曲も耳に入れてみた。
するとだ。

俺が当初、頭に描いたものとは「違うな」と思うようになってきた。

存外、社会の矛盾を突き、風刺を様々な観点で描いているだけではないかと、捉えるようになったのだ。

たとえばこちら。

『ミスモチベーション』
『公開的な「止めろ!」を止めろ』

他にもあるが、ストレートに社会を風刺しているもの、間接的に、また逆説的に訴えるように目に耳に飛び込んでくる。

そこで、少々今までの物言いと異なることを発するかもしれないが、『核攻撃サバイバー2』に触れると、これも逆説的な部類かもしれない。

今はそのように思っている。

ゆえに、先回は北朝鮮のシンパとか、朝鮮総連関係者、あるいはそうした組織を支持する日本の政党の関係者との認識を持っていたが、今はそうではない。

当てはまらないと思うのだ。

ただし、ここに広げた考え・見方は。
あくまでも俺の見立て。

実際、作者『あべりょう』さんの本心とは、かけ離れたものかもしれない。

まあ、そんな感じで、今は俺の頭の中は収まっている。


サバイバー あべりょう


ところで、『あべりょう』さんの多くの楽曲を聞いていくうちに徐々に気が付くことがある。

仮にこの『あべりょう』が個人を表すものであるならば、ずいぶんとマルチ、多才な人物と言えるだろう。

正直、「すごいな」と思う。
まず、それを感じたものをいくつか拾うとこうか。

『スカイダイビング中のインストラクターの裏切り 』
『墓穴』
『アマゾン配達は二度ベルを鳴らす』

※ 他にもあるが書ききれないので、これだけ挙げた。

共通して言えるは知識があることか。
当然と言えば、当然かもしれないが。

それで最初の一つ目は、児童福祉に関わるものと思うが、児童養護施設の現状などもある程度はわからないと。
描けないと思う。

ここで生活する子は虐待を受けた、つまり親が親としての機能を失ったため施設に入った子もいるが、親がおらずまったくの孤独といった子もいる。

俺が過去見た範囲の話だ。

ただ、それでも施設に入れば、子供たちは救われるだろう。
公的な機関の力が介在しているのだ。

決して、幸せを感じているとか。
安穏とできるとは思わないが、それでも何も与えられない世界でもない。

同様な虐待環境下を持ちつつも、養護施設に入るに至らない子は、その存在を無視される形で置かれている!
と考えられるからだ。


少々、過去、見たり聞いたりしたことを頭に浮かべつつ、ここまで表したが、要は『あべりょう』さんはいわゆる普通の人があまり見たがらないもの。
これを知るように努めているのだろう。

まあ、それで知識がある人物と思うわけだ。

続いて、『墓穴』もそうではないか。
これも知識がなければ、というか、知ろうとしないと描けないと思う。

俺がこれを聞いて思うことは、選挙。
常々、若い人には選挙「行けよ」と言っているのだが。
そうしないと投票に向かう年輪を経た人たちの意見しか、政治家は耳を傾けない!
と思うからだ。

たとえを拾うと、これか。

比較的最近のものでは、65歳以上の三万円給付がある。
正式名称は覚えていないが、大概『三万円』で察する人が多いのではないか。

公明党が推して自民党が「乗った」というものだ。
一般的にはそのように耳に入る。
当時の公明党のホームページには「うちが言い出しっぺ」と主張したげな表現があった。

この背景を考えると、年代別の投票率があげられ、60歳以上のそれは高い。
各選挙ごとで推し量れば、その傾向は、よくわかるのではないか。
政治家はそれに沿って動いているだけと思う。

だから、この楽曲を聞いた時、「ヘエー!」と意外性を感じるとともによく見ている。
観察力があると捉えた。

また、『アマゾン配達は二度ベルを鳴らす』も観察力。
というか、ものを見る目が「すごいな」と思わせる。

特に居留守の表現などは、そんな事実を承知してのものだろう。

そして、俺もその現実を目に入れたことがある。
だから、細かく世間を見ていると思うと同時に、他にも「そういう人がいるんだ」と、妙に納得したりもした。

ただし、ここで挙げた一連のことはすべて俺の見立て。

途中でも触れたが、俺の考えはかすりもせず。
まったく真逆のこともあるかもしれない。

とにかく、いろいろと考えさせてくれる楽曲であり動画とは言えるだろう。

ちなみに、俺は今、毎日聞いている。
三日に一回のペースで動画が誕生しているようなので、ここしばらくは、俺は聞き続ける・・かな。

俺、オシマサ、僭越ながら斯く思う。

(再見)


 拙の考える糧 

 

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