立憲民主党・山尾志桜里氏の発言から思う! 子供の味方を装いつつ、自己の存在を何と見るのか?



山尾志桜里の発言から思う!

今回は立憲民主党・山尾志桜里の発言から思うこと。
子供の味方を装いつつ、同時に他者の子供を不幸にしている現状。
そこで生きる自己の存在を何と見ているのでしょう。


立憲民主党 山尾志桜里


不思議な方です。

数日前の国会で質疑・質問時間の際に、このような発言があります。

「子供が犯罪の被害者になった場合、繰り返し警察の人、検事、あるいはお医者さん、あるいは厚労省の福祉の人、繰り返し、繰り返し、自分が被害にあった状況を話すことを強いられることが、どれだけ子供の心理的負担になるか、ということを目の当たりにしてきました。」

確かに、趣旨は立派と思います。
普通に拙も含め多くの人が納得するものでしょう。
この発言の表す光景は事件報道の際にその一部であっても、目に入ることがありますからね。

間違ってはいないと思います。
でもね。

山尾志桜里氏が私生活上、行ってきたことは、このような発言を成せるものではないでしょう。

このように素朴に思う限り。


山尾志桜里 子供


ご自身は不倫、不貞行為の疑惑を持たれ、現実に相手とされる男性は離婚。
一部の報道によれば、男性には子供がいるとされ、男性は元妻に子供への接見に制限をかけているともあります。
「取材応じたら長男とは会わせない」とか。

このような形で子供が幸せなわけはないでしょう。

山尾志桜里氏はご自身が子供を不幸な状態においている!
そのようには感じないのでしょうか。
あるいは考えないのでしょうか。

ご自身をどのように捉えているのでしょう?

もしかすると、この方は自らの存在を世間から超越したものと見ているのかも。
そのようにも思わせるのです。

さらに言えば、カルト教集団の教祖のように映るばかり。

少々、今回は腹立たしさを込めて表してしまいました。
できれば、善なる道を歩んで欲しいものです。

オシマサ、僭越ながら斯く思うのです。

(再見)


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