奨学金で借金こさえても入学を後悔しない大学をさがそう!


スポンサードリンク


奨学金は借金ローン!

悩まない生活を送ろうよ!

ここでは「はぐれた」ようなものを語る。
今回は電車の中で聞こえた親子の会話からだ。

大学名が出ていたので大学受験が終わり入学時期を迎えるか。
あるいは一年後に受験を迎える親子であろう。
その漏れ伝わる会話はこんな感じだ。

母「奨学金取ってね」
娘「大丈夫入ったら何とかなるって」
母「でも私学は高いね」
娘「奨学金だって、何年かするとタダらしいよ」
母「?」
娘「?」笑いアリ・・。

聞いてて、最初の話はともかく。
アトはどうかな?
奨学金がタダになる!
そんな話は知らないが、また、どこかの政党が票集めに妙な希望的観測気球を打ち上げたのかな。

とにかく、今は春、だから春の風は認める。


奨学金 大学


まあ、どういう意図があっての娘さんの言葉だったのか。
それはわからないが、奨学金に触れるとだ。
現行制度が有効ならば、タダになる対象の人は限られると思う。

ところで、視点を変えて、現行制度をベースにするなら。
どの部類、どの程度の大学に入る、あるいは入りたいのか。
それは知らないが、まず奨学金をあてにして修学するのであれば、相当な目的意識を持たないとアトが大変と思うよ。

学士の称号を得るだけで終わると、卒業時に借金の山で驚くことになるかもしれない。
私立大学を対象にした場合、仮に授業料はじめ大学に納入する金額を、すべて奨学金を充てる考えなら、その後の借金はこうなる?

四年制でも数百万円になるのではないか。
六年制になればさらにということになろう。

それでもだ。
卒業できればよい。

卒業できなかった場合、つまり大学修学をやめるとさらに悲劇か。
借金だけ残ると思うな。

偉そうに言うわけではないが、もし奨学金を借りてでも私立大学に行きたいのであれば、何をしたいか明らかにすることだ。

そして、その大学は大学として学ぶに値する?
そのようなところなのか?
よく吟味すべきと思う。

そうしないとさ。
20代前半の若さで、借金の支払いに汲々とする事態におちいり、人生の明るい展望など失うかもしれない。

それでようやく本論だが、今から受験期に差し掛かる人には、よく聞く『オープンキャンパス』に行くことをお勧めする。

入学が決まっている人には、アトは神のみぞ知るかもしれない。
しかし、来年の入学を目指す受験生はまだ時間がある。
是非お勧めしたいと思う。

それも複数の大学を試してみるのだ。
そして、その時にいろいろと説明を受けるだろうが、同時に大学側は質問を受ける時間も用意していると思う。
その時、こちらを尋ねることをお勧めする。



留年生の数、しかも過去の学年ごとの変遷




留学生の数、前項と同じく過去の学年ごとの変遷


なぜ、このような質問を行うか。
それは大学の健全性を推し量る指標と考えられるからだ

そして、具体的にどのように見るかはこちら。
第一項は入学試験時の評価基準が適正か、どうかだ。
学年進級時に進級不可学生(落第生)が多いと、そもそも学力のないものまで入学させていたおそれがあろう。

これを仮説と捉え考えてみる。

それが一年生から極端に多ければ、この仮説の確からしさはかなり高いと言えるのではないか。
尋ね方はこの方がわかりやすいかもしれない。

四月の時点の一年生総数に占める新入生の数を聞くのだ。

すると自ずと古い者の数が浮き上がってこよう。

また、各学年進級時の進級不可学生の数も四月の時点で同様に尋ねてみるとよいだろう。

もう少し、目が肥えた尋ね方はこれ。
進級不可学生は次の学年に進級する際、何年かかっているのか。

一般的には落第も一年がんばれば、次の学年に進めるものと考えたい。
だが、そうでないところもあるかもしれない。
その部分の確認になる。

たとえば、大学卒業後に国家試験があるようなところはハードルが高いことも考えられる。

その意味はこうだ。
大学の温情で卒業をさせても、所栓は学力不足、そのため国家試験で不合格になる可能性は高い。

そして、国家試験を受ける卒業生は大学の看板を背負って受けている面もある。
大学から見れば、このような学生が多くなるとどうなるか。
当然、該当大学の国家試験合格率は低い傾向を持つだろう。

その先はどうなる?

大学の名前の価値、ブランドが下がる!

と考えるのが普通ではないか。

つまり、大学の国家試験合格率を上げるために不出来な学生の進級、卒業を認めることはしない。
しかし、入学生は欲しい!


話が発展しすぎたきらいもあるが、国家試験がないところは、少々不出来な部分があってもだ。
大学側は温情で卒業時の評価も考慮してくれるかもしれない。
結果、学士の称号を得られることもあろう。

むしろ、進級不可、卒業不可の落第生だらけになればだ。
逆に入学生が集まらないかもしれない。
ゆえに、その点は阿吽の呼吸か。


話を戻して、国家試験のある大学は要注意と捉えた方が無難と思う。
この場合、多くは六年制のようだ。
要は六年もいて卒業できない、あるいは途中でドロップアウトしたらだ。
残るは奨学金の借金しか残るまい!

学生である当の本人がどんなに奨学金のローン返済が嵩んでも、苦にしないのであれば、それも一つの生き方かもしれないが、そんな奇特な者はいないと思う。

これは大変だろう。
もっとも、奨学金に頼らず親の力で、ホイホイ行ける身であれば、話は別である。

まあ、こんな場合があってもおかしくないだろうという仮説だ。


次は留学生の数をなぜ見るか。

こちらの仮説は留学生の数が、年々、学生全体に占める度合いが大きくなっている場合。
該当大学の国内人気度が下がっているのではないか。
または経営状態が悪いのではないか。
それを確認する対象と見なせるだろう、と思うだけだ。

まずは学年ごとの留学生の比率はどうなっているか。
これを尋ねるのだ。

続いて、新入生に占める留学生の数だ。

今は子供の少子化が叫ばれて久しい時代、小学校の閉鎖、統合も進んでいると聞く。
とすると、まもなく大学入学というか修学適齢期の子供も減少するのであろう。

いや、既にそうなっているかもしれない。
当然一般的に名のある、優秀と呼ばれる大学に国内の学生は吸引されると思う。

すると、失礼ながらも底辺近くの大学は死活問題ではないか。
教員であろうと事務員であろうと給料が入らなくなるわけだ。

人間生きるためには何でもする!と考えられないだろうか。
また、留学生の増加があるならば、別の視点であるが、外国人労働者受け入れを進めたい政府施策が遠因と見なせるかもしれない。
しかし、ここでは横に置く。

要は、外国人留学生で定員を満たしたい!
大学側は経営のために。
ゆえにだ。
この点を推し量るために尋ねてはどうか。

そこで、続くポイントは。

留学生の卒業後の進路、就職状況だ。

この部分で明確に説明できる大学は運営を誠実に行っている。
そのように考えられる。

仮に経営のために留学生を増やしたとしても、学生の面倒をシッカリ見るのであれば、奨学金を借り修学しても危うい状態におちいる可能性は低いと思われる。

絶対ではない・・が。

大学には就職部、あるいはキャリアとカッコよさげにネーミングした部署があると聞く。
そちらの担当に尋ねてみるのもよかろう。

必ず数値的なものが出てくるのではないか、そして、こうした部分がしっかりしていればだ。
大学の経営状態が悪いから留学生を受け入れている!
その疑念も薄まるというものだ。

その反対であれば、よく報道・メディアに表れる『留学が就業目的に変わる』例が多いと見なせるかもしれない。
その場合、卒業時の就業先リストの厚みも薄くなることは想像に難くない。
また、卒業生に占める留学生数が入学時より激減していることも考えられる。

ということで、勝手に仮説をたて考えてみたが、もしこのブログ記事を見て感じる方がいるのであれば検証してみること。
つまり、『オープンキャンパス』で尋ねてみることをお勧めする。

オープンキャンパス時に大学側の職員が、何を尋ねても明確に回答できない場合は、要注意かもしれない。
なぜなら事前に質問事項を想定、そのように考えるのが普通と思うからだ。

ただし、冒頭でも触れたがサンプリングは必要である。
つまり数多く大学のオープンキャンパスにあたり、その中で比較する!
これは大事、付言しておこう。

何事にも絶対はないが、傾向を知るだけでも危難を避けること。
それは可能かもしれない。

奨学金 大学

俺、オシマサ、僭越ながら斯く思う。

(再見)

スポンサードリンク


 関連記事はこちら! 

コメントを残す

サブコンテンツ

このページの先頭へ